映画「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」を鑑賞しました!~あらすじ【ネタばれ有り】と感想

「夢をかなえるゾウ0  ブラックガネーシャと夢を食べるバク」の中で、出てきた「サルバトール・ムンディ」について知りたいと感じました。
この映画を鑑賞することにしました。

基本情報・スタッフ

監督   アントワーヌ・ビトキーヌ
脚本   ポール・ローゼンベルグ、セリーヌ・ヌッセ
製作   ザディグ・プロダクション
音楽   ジュリアン・ドゥギン
撮影   グザビエ・リバーマン
編集   イバン・ドゥムランドル、タニア・ゴールデンバーグ
配給   ギャガ
公開   2021年11月26日
上映時間 100分
映倫区分 G

予告動画

舞台となる場所

アメリカのルイジアナ州ニューオリンズ

ロバート・サイモン美術商が、サルバトール・ムンディが発見した場所です。

ニューヨークのクリスティーズ

ベイジル・ヘンドリーは、相続したサルバトール・ムンディを、クリスティーズによって競売しようとしましたが、断られました。
サルバトール・ムンディを現代アート部門のオークションにかけて、4億ドルで落札された場所です。

ロンドンのナショナル・ギャラリー

サルバトール・ムンディを「レオナルド・ダ・ヴィンチ ミラノ宮廷画家」展で、レオナルド・ダ・ヴィンチ作として展示した場所です。

バチカン

バチカンは、ローマ教皇によって統治される最小の国家で、聖ペトロの墓所に、最初の教会堂が建てられた、カトリックの総本山です。
映画「天使と悪魔」を鑑賞すると、バチカンについてよく知ることが出来ます。

モナコ

ドミトリー・リボロフレフが住んでいる場所です。

モナコは、バチカンに次ぐ小いさな国で、国連加盟国で最小で、個人居住者に対して所得税と相続税がなく、物価は高く、消費税で税収を賄っているので、億万長者が移住してきます。
日本人では中田英寿、クルム伊達公子が個人居住者です。

ジュネーヴ

イブ・ブーヴィエが生まれ、フリーポートを所有している場所です。

パリのホテル・プラザ・アテネ

ロバート・サイモン美術商が、ワーレン・アデルソン美術商と共に、サルバトール・ムンディをパリのサザビーズのプライベートセールで、ドミトリー・リボロフレフの希望を受けたイブ・ブーヴィエがJ=M・A・プレッティを代理人にして、購入しました。

エーゲ海

ドミトリー・リボロフレフのヨットが停泊していた場所です。

シンガポール

イブ・ブーヴィエがフリーポートを所有している場所で、サルバトール・ムンディを保管した場所です。

サウジアラビアのマダイン・サーレハ

アル・ウラの近郊にあるサウジアラビアの文化世界遺産です。

ルーヴル・アブダビ

サルバトール・ムンディを所有し、展示するのではと期待されましたが、所有していず、展示されませんでした。

パリのルーブル美術館

レオナルド・ダ・ダヴィンチ没後500年を記念して「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展が開催されましたが、サルバトール・ムンディは展示されませんでした。

あらすじ

登場人物が多く、所属する組織や立場を考慮しないと、言っていることの意味が理解できません。
次々と人が語り始め、その途中で、語っているのは誰なのかを明らかにするという手法で、次々と意見を述べます。
人が言うことが出来ないことは、字幕やテレビのニュースとして、伝えられます。
匿名で、言う人もいます。
後半になると、前に出てきた人が再登場して、意見を述べるので、混乱しないように、集中力が必要です。
実話だけに、登場人物が以下のように多いです。

ワーレン・アデルソン美術商は、冒頭で「とても興奮したよ、気に入ったね」という人で、ロバート・サイモン美術商に協力して「サルバトール・ムンディ」をドミトリー・リボロフレフの右腕で、美術顧問のイヴ・ブーヴィエを通し、イヴ・ブーヴィエがJ=M・A・プレッティを代理人に、サザビーズを通して、売却しました。

ロバート・サイモン美術商は、冒頭で「私は正しい、絵は本物だ」、「ウソと真実の混合」という人で、ベイジル・ヘンドリーが所有する「サルバトール・ムンディ」をオークションで落札し、ドミトリー・リボロフレフの右腕で、美術顧問のイヴ・ブーヴィエを通し、イヴ・ブーヴィエがJ=M・A・プレッティを代理人に、サザビーズを通して、売却しました。

マシュー・ランドルスは、オックスフォード大学の美術史家で、冒頭で「たぶん僕は誰かを敵に回したな」、「全く、不思議だ」という人で、「サルバトール・ムンディ」をレオナルド・ダ・ヴィンチ作ではなく、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子のベルナルディーノ・ルイーニ作だと主張する人です。

ルーク・サイソンは、ナショナル・ギャラリー学芸員で、冒頭で「この絵はタブーなのか?複雑なことになった」という人で、「サルバトール・ムンディ」をレオナルド・ダ・ヴィンチ作として、「レオナルド・ダ・ヴィンチ ミラノ宮廷画家」展で展示し、発表した人です。

スコット・レイバーンは、冒頭で「美術界には富豪の懐を狙う人がゴマンといる」という人で、NYタイムズ記者で、「サルバトール・ムンディ」の真相を追い続けるジャーナリストです。

マーティン・ケンプは、オックスフォード大学美術史家は、ルーク・サイソンの依頼で、「サルバトール・ムンディ」を鑑定し、レオナルド・ダ・ヴィンチ作として主張する人です。

ベイジル・ヘンドリーは、「サルバトール・ムンディ」の所有者で、ロバート・サイモン美術商に売却しました。

ダイアン・モデスティーニは、ロバート・サイモン美術商の依頼で、「サルバトール・ムンディ」を洗浄し、修復し、修理し、2本の親指を発見し、レオナルド・ダ・ヴィンチ作として主張する人です。

二コラ・ジョリは、サザビーズ・フランス元副社長で、「サルバトール・ムンディ」の修復が気に入らず、クリスティーズが現代アートとしてオークションにすることに説明します。

ドミトリー・リボロフレフは、ロシア人で、モナコ在住で、「サルバトール・ムンディ」を見て気に入り、イヴ・ブーヴィエに購入するよう依頼し、1億2759万ドルで購入し、価格についての嘘に気が付き、イヴ・ブーヴィエを解雇し、訴え、サンディ・ヘラーを新しい美術顧問に雇い、クリスティーズ共同代表のロイク・グゼールに依頼して、4億ドルでムハンマド・ビン・サルマーンに売却しました。

イヴ・ブーヴィエは、ドミトリー・リボロフレフの美術顧問で、コレクションを任され、ロバート・サイモン美術商とワーレン・アデルソン美術商から、がJ=M・A・プレッティを代理人に、サザビーズを通して、「サルバトール・ムンディ」を8300万ドルで購入し、価格についての嘘がバレて、美術顧問を解雇され、訴えられます。

J=M・A・プレッティは、イヴ・ブーヴィエの依頼で、ロバート・サイモン美術商とワーレン・アデルソン美術商から、がJ=M・A・プレッティを代理人に、サザビーズを通して、「サルバトール・ムンディ」を購入した人です。

ミハエルは、ドミトリー・リボロフレフの秘書で、「サルバトール・ムンディ」の購入の時に、イヴ・ブーヴィエと連絡をした人です。

エルヴェ・テミムは、ドミトリー・リボロフレフの弁護士です。

ロイク・グゼールは、クリスティーズ共同代表で、現代アートが専門で、「サルバトール・ムンディ」をニューヨークのクリスティーズ現代アートとして、4億ドルでムハンマド・ビン・サルマーンに売却し、5,000万ドルの手数料を得ました。

アンヌ・ラムニエールは、元クリスティーズ役員で、「サルバトール・ムンディ」をクリスティーズでオークションすることに関することを説明します。

サンディ・ヘラーは、ドミトリー・リボロフレフの新しい美術顧問で、「サルバトール・ムンディ」をクリスティーズのロイク・グゼールと共に、オークションを行い、4億ドルで売却しました。

ムハンマド・ビン・サルマーンは、サウジアラビアの皇太子で、バドル王子を代理人にして、クリスティーズでオークション通して、「サルバトール・ムンディ」を4億ドルで購入した人です。

バドル王子は、サウジアラビアの文化大臣で、ハンマド・ビン・サルマーンの友人で、ムハンマド・ビン・サルマーンの代理として、クリスティーズでオークション通して、「サルバトール・ムンディ」を4億ドルで購入した人です。

アリア・アル・セヌーシ王女は、バドル王子の美術顧問で、サウジアラビアの考えについて話します。

クリス・デルコンは、フランス国立美術館連合代表で、サウジ・アート委員会メンバーで、中立の立場で、意見を言います。

カーメン・バンバックは、ルーク・サイソンの依頼で、「サルバトール・ムンディ」を鑑定し、レオナルド・ダ・ヴィンチ作ではなく、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子のボルトラッフィオ作として主張する人です。

ジェリー・サルツは、NYマガジンの美術評論家で、「サルバトール・ムンディ」の真実を知りたがっています。

”ピエール”は、フランス文化省の高官で、匿名で、「サルバトール・ムンディ」を「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展で展示するための担当者です。

マルティネスは、ルーヴル美術館の館長です。

ジャックは、フランク政府高官で、匿名で、フランス政府の立場について明かす人です。

ヴァンサン・ドリューヴァンは、ルーヴル学芸員です。

2017年11月15日のニュースが流され、「サルバトール・ムンディ」が4億ドルで落札されます。
有名な実話なので、最初に結果を提示しています。
全てが解明されていないので、不明な点は残りますが、順を追って、分かっていることを提示していきます。

「サルバトール・ムンディ」について語り始めます。
「THE SAVIOR FOR SALE(売り手のための救世主)」とタイトルが表示されます。

映画は章ごとにタイトルを付けて、ストーリーが進みます。

「THE MERCHANT(美術商)」
美術商は、ロバート・サイモンのことで、「サルバトール・ムンディ」を入手し、ダイアン・モデスティーニに、「サルバトール・ムンディ」を洗浄し、修復し、修理することを依頼します。
ダイアン・モデスティーニは、2本の親指を発見します。
ロバート・サイモン美術商は、「サルバトール・ムンディ」がレオナルド・ダ・ヴィンチ作だと確信し、ロンドンのナショナル・ギャラリーの館長に連絡します。

「THE CURATOR(学芸員)」
学芸員は、ルーク・サイソンのことで、ナショナル・ギャラリー学芸員で、ニューヨークで「サルバトール・ムンディ」を見て、ロンドンに運び、専門家の意見を聞くことにします。

「THE EXPERT(専門家)」
専門家は、マーティン・ケンプのことで、オックスフォード大学美術史家で、「サルバトール・ムンディ」を見て、レオナルド・ダ・ヴィンチ作だと確信します。
ルーク・サイソンは、「サルバトール・ムンディ」をレオナルド・ダ・ヴィンチ作として「レオナルド・ダ・ヴィンチ ミラノ宮廷画家」展で展示します。

「THE RESERCHER(研究者)」
マシュー・ランドルスは、マシュー・ランドルスのことで、オックスフォード大学美術史家で、「サルバトール・ムンディ」をレオナルド・ダ・ヴィンチが描いたことに懐疑的な意見を持ち、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子のベルナルディーノ・ルイーニ作ではないかと思います。

「THE JOURNALIST(ジャーナリスト)」
ジャーナリストは、スコット・レイバーン記者のことで、NYタイムズ記者で、「サルバトール・ムンディ」をレオナルド・ダ・ヴィンチが描いたのか、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子が描いたのかの真相に興味を持ち、一般の観客が判断するのではなく、学者が決めるべきと考えます。

「THE MERCHANT(美術商)」
美術商は、ワーレン・アデルソンのことで、「サルバトール・ムンディ」をロバート・サイモン美術商が売却するのを手伝います。

「THE OLIGARCH(ロシアの新興財閥(オリガルヒ))」
ロシアの新興財閥(オリガルヒ)は、ドミトリー・リボロフレフのことで、80億ドルの資産家で、モナコに在住し、ASモナコのオーナーで、「サルバトール・ムンディ」を気に入り、右腕で、美術顧問のイブ・ブーヴィエに購入するように指示します。

「THE RIGHT-HAND MAN(右腕と呼ばれた男)」
右腕と呼ばれた男は、イブ・ブーヴィエのことで、ジュネーブとシンガポールのフリーポートに倉庫を所有し、「サルバトール・ムンディ」をサザビーズを利用し、J=M・A・プレッティを代理人にして交渉し、8300万ドルで購入し、ドミトリー・リボロフレフに1億2759万で購入したと伝え、4400万ユーロと2%の手数料を手に入れ、シンガポールのフリーポートに倉庫で保管します。

「ONE YEAR LATER(1年後)」
スコット・レイバーン記者が、8000万ドルで「サルバトール・ムンディ」が販売されたという記事を書きます。
ドミトリー・リボロフレフが、この記事を読んで、イブ・ブーヴィエに、「サルバトール・ムンディ」の価格で騙されたことに気が付き、イブ・ブーヴィエを解雇し、新しい未術顧問として、サンディ・ヘラーを雇います。

「THE MARKETING GENIUS(マーケテイングの天才)」
マーケテイングの天才は、ロイク・グゼールのことで、クリスティーズ共同代表者で、現代アート専門でオークションをしていて、「サルバトール・ムンディ」をサンディ・ヘラーと共に売却することにします。

「CHRISTIE’S(クリスティーズ)」
クリスティーズは、二コラ・ジョリは、サザビーズ・フランス元副社長のことで、クリスティーズが「サルバトール・ムンディ」を現代アートでオークションすることに懐疑的です。

「CHRISTIE’S(クリスティーズ)、最後のダ・ヴィンチ」
クリスティーズは、アンヌ・ラムニエールのことで、クリスティーズ・ジュネーブ元代表で、クリスティーズがどのように絵画をオークションするのかを伝え、ロイク・グゼールが「サルバトール・ムンディ」を現代アートでオークションすることは異例だと指摘します。

「CHRISTIE’S(クリスティーズ)」
クリスティーズは、アンヌ・ラムニエールのことで、クリスティーズ・ジュネーブ元代表で、クリスティーズがマーティン・ケンプ美術史家を信じ、「サルバトール・ムンディ」を展示し、大衆の反応をCMで宣伝し、オークションで4億ドルで売りましたが、購入者は機密で分からないということです。

「THE PRINCE(皇太子)」
皇太子は、ムハンマド・ビン・サルマーンのことで、NYタイムズが「サルバトール・ムンディ」をムハンマド・ビン・サルマーンの友人で、文化大臣のバドル王子に購入させたとスクープします。
バドル王子の顧問であるアリア・アル・セヌーシ王女は、ニュースで報じられたこと以上のことは知らないので、クリス・デルコンをサウジアラビアに招きます。

「THE MERCENARY(傭兵)」
傭兵は、クリス・デルコンのことで、フランス国立美術館連合代表で、サウジ・アート委員会メンバーで、サウジアラビアに新しい文化政策の手伝いを頼まれ、「サルバトール・ムンディ」をなぜ購入したのかを推測します。
ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子は、「サルバトール・ムンディ」をレオナルド・ダ・ヴィンチ作ではないとうい報道に対して、ルーヴル美術館で開催される「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展で展示することにします。
ルーヴル美術館は、「サルバトール・ムンディ」を詳細に鑑定し、レオナルド・ダ・ヴィンチが”貢献した作品”として展示することにします。
サウジアラビア皇太子のムハンマド・ビン・サルマーンとフランス大統領のエマニュエル・マクロンが話し合い、「サルバトール・ムンディ」の鑑定結果の発表はせず、「サルバトール・ムンディ」を展示もしないという政治的な妥協で合意します。
クリス・デルコンは、ルーヴル美術館を信用していますが、「サルバトール・ムンディ」を展示し、開かれた場所で、議論を行うことが文化だと主張します。

登場人物

俳優ではなく、本人が登場します。
匿名の人物に関しては、誰なのかは分かりません。

ロバート・サイモン美術商は、祖父母は移民のニューヨーカーで、欧州を旅して、イタリア美術に興味を持ち、誤認されたり誤解された絵画を探し出すという美術商で、ルイジアナ州の小さな競売会社セントチャールズ・ギャラリーのカタログの中から競売番号664の「サルバトール・ムンディ」を発見し、友人のアレックス・パリッシュと共に「サルバトール・ムンディ」を1175ドルで落札し、ダイアン・モデスティーニに、「サルバトール・ムンディ」を洗浄、修復、修理を依頼し、レオナルド・ダ・ヴィンチ作の「サルバトール・ムンディ」と確信し、ロンドンのナショナル・ギャラリーのニコラス・ペニー館長に連絡し、ニューヨークにやってきたロンドンのナショナル・ギャラリー学芸員のルーク・サイソンに「サルバトール・ムンディ」を見せて、「サルバトール・ムンディ」をロンドンに送り、「レオナルド・ダ・ヴィンチ ミラノ宮廷画家」展で「サルバトール・ムンディ」がレオナルド・ダ・ヴィンチ作として展示され、ワーレン・アデルソ美術商と共に「サルバトール・ムンディ」をサザビーズのプライベートセールを通じ、購入者の代理人と思われるJ=M・A・プレッティに、「サルバトール・ムンディ」を8,300万ドルで売却します。

ベイジル・ヘンドリーの父は、叔母からサルバトール・ムンディを相続しました。
ベイジル・ヘンドリーは、父からサルバトール・ムンディを相続し、クリスティーズによってサルバトール・ムンディを競売しようとしましたが、断られ、ルイジアナ州の小さな競売会社セントチャールズ・ギャラリーで競売することにしました。

ダイアン・モデスティーニは、ロバート・サイモン美術商の30年にわたる友人で、ロバート・サイモン美術商の依頼で、サルバトール・ムンディを洗浄し、修復し、修理し、レオナルド・ダ・ヴィンチ作ではないかと気が付き、レオナルド・ダ・ヴィンチ作のモナ・リザを手本に修復します。

ルーク・サイソンは、ロンドンのナショナル・ギャラリー学芸員で、「レオナルド・ダ・ヴィンチ ミラノ宮廷画家」展を企画し、ニューヨークにやってきて、「サルバトール・ムンディ」を見て、ロンドンに運ぶことを決め、サルバトール・ムンディをマーティン・ケンプ、カーメン・バンバック等の5人の専門家に見せて、真作だとするマーティン・ケンプ、大部分をレオナルド・ダ・ヴィンチの弟子ジョバンニ・アントニオ・ボルトラッフィオが描いたとするカーメン・バンバック、他の3人は態度を保留する結果を受けて、「サルバトール・ムンディ」をレオナルド・ダ・ヴィンチ作として、「レオナルド・ダ・ヴィンチ ミラノ宮廷画家」展に展示します。

マーティン・ケンプは、オックスフォード大学美術史家で、ルーク・サイソンの依頼を受けて、「サルバトール・ムンディ」を見て、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品だと主張した人です。

マシュー・ランドルスは、オックスフォード大学の美術史家で、ダイアン・モデスティーニによる「サルバトール・ムンディ」の修復に批判的で、「サルバトール・ムンディ」がレオナルド・ダ・ヴィンチの作品であると証拠はなく、「サルバトール・ムンディ」に関する議論があり、競売後に物議を起こすと感じ、国家の意思に逆らうと殺されるように感じます。

スコット・レイバーンは、NYタイムズ記者で、「サルバトール・ムンディ」の取引、レオナルド・ダ・ヴィンチ作か、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子の作かについて興味があり、ロバート・サイモン美術商のウェブサイトから「サルバトール・ムンディ」が無くなっっていることに気が付き、販売金額が8,000万ドルくらいだという情報を元に記事を書き、イヴ・ブーヴィエの横領まがいの取引、クリスティーズがレオナルド作にこだわりオークションすること、クリスティーズが一般大衆の反応を利用するマーケッティングに気が付き、オークションの様子を語り、購入者がムハンマド・ビン・サルマーンである記事を読み、驚きます。

ワーレン・アデルソンは、ニューヨークの美術商で、「レオナルド・ダ・ヴィンチ ミラノ宮廷画家」展で「サルバトール・ムンディ」を見て、売却に関わることを決意し、なかなか買い手を見つけることが出来ず、サザビーズのプライベートセールを通じて、購入者の代理人と思われるJ=M・A・プレッティに「サルバトール・ムンディ」を8,300万ドルで売却します。

二コラ・ジョリは、サザビーズ・フランス元副社長で、「サルバトール・ムンディ」の修復が気に入らず、クリスティーズが現代アートとしてオークションにすることに説明します。

ドミトリー・リボロフレフは、信心深く、合理的な男で、計算高いチェス・プレイヤーで、ソ連崩壊の混乱のさなかカリウム鉱山を取得し、80億ドルの資産を持ってモナコへ移住し、ASモナコのオーナーで、鑑識眼に自信を持っていて、何事も優劣は自分で決め、イブ・ブーヴィエを通して、「水蛇Ⅱ」を1億8380万ドル、「No.6(青紫、緑、赤)」を1億8600万ドル、「サルバトール・ムンディ」を1億2750万ドルで購入し、イブ・ブーヴィエを解雇し、新たな美術顧問としてサンディ・ヘラーを雇い、イブ・ブーヴィエを横領で訴えますが、敗訴します。

イブ・ブーヴィエは、サザビーズのプライベートセールを通じ、J=M・A・プレッティを使い、「サルバドール・ムンディ」を8,300万ドルで購入し、シンガポールにあるフリーポートに保管し、ドミトリー・リボロフレフへ1億2750万ドルで売却し、4400万ユーロと2%の手数料を手に入れ、ドミトリー・リボロフレフから解雇され、横領で訴えられますが、勝訴します。

J=M・A・プレッティは、元ポーカー・プレイヤー、元カジノ所有者し、スイスに画廊を所有し、芸術を愛し、芸術的感性を持って、イブ・ブーヴィエの依頼で、サザビーズのプライベートセールを通じ、「サルバドール・ムンディ」を8300万ドルで購入しました。

ミハエルは、ドミトリー・リボロフレフの秘書で、イブ・ブーヴィエとの連絡係です。

エルヴェ・テミムは、ドミトリー・リボロフレフの弁護士で、ドミトリー・リボロフレフの代わりに、「サルバドール・ムンディ」の売買について語ります。

ロイク・グゼールは、クリスティーズ共同代表で、専門は現代アートで、ドミトリー・リボロフレフのサンディ・ヘラー美術顧問と共に「サルバドール・ムンディ」をニューヨークで展示し、レオナルド・ディカプリオを含む観客の表情を撮影したCMを作成し、CMをテレビで放送し、クリスティーズ・ニューヨークのオークションで「サルバドール・ムンディ」を4億ドルで売却します。

レオナルド・ディカプリオは、アメリカの俳優で、映画「タイタニック」に主演しています。

アンヌ・ラムニエールは、クリスティーズ・ジュネーブ元代表で、ロイク・グゼールとクリスティーズのオークションについて語り、クリスティーズ・ニューヨークのオークションで「サルバドール・ムンディ」が大金で落札されると予想しますが、最大のリスクは買い手が現れないことと指摘し、マーティン・ケンプ美術史家のおかげで、「サルバドール・ムンディ」が現代アートとして、オークションに出品され、オークションの様子を語り、「サルバドール・ムンディ」が4億ドルで落札され、代金はすぐに支払われ、問題はなく、「サルバドール・ムンディ」の購入者については秘密が守られると言います。

ムハンマド・ビン・サルマーン(MSB)は、サウジアラビアの皇太子で、バドル王子を代理人にして、クリスティーズでオークション通して、「サルバトール・ムンディ」を4億ドルで購入し、ルーヴル美術館で開催される「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展で「サルバトール・ムンディ」をレオナルド・ダ・ヴィンチ作として「モナ=リザ」の横に展示することを画策しますが、”貢献した作品”として展示されることに納得せずに、展示しないことにします。

バドル王子は、サウジアラビアの文化大臣、ムハンマド・ビン・サルマーン(MSB)の友人で、ムハンマド・ビン・サルマーンの代理として、クリスティーズでオークション通して、「サルバトール・ムンディ」を4億ドルで購入します。

アリア・アル・セヌーシ王女は、バドル王子の美術顧問で、「サルバトール・ムンディ」について質問を受けて、ルーヴル美術館で開催される「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展で「サルバトール・ムンディ」を見てみたいと答え、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展で「サルバトール・ムンディ」が展示されなかったことを残念に感じ、信じられないほど美しい環境で「サルバトール・ムンディ」が展示されるだろうと言います。

クリス・デルコンは、フランス国立美術館連合代表で、サウジ・アート委員会メンバーで、アリア・アル・セヌーシ王女に招かれ、サウジアラビアに新しい文化政策の手伝いを頼まれ、「サルバトール・ムンディ」をなぜ購入したのかを推測し、「サルバトール・ムンディ」についてルーブル美術館長のマルティネスと話をして、ルーブル美術館は「サルバトール・ムンディ」を門前払いをせずに、「サルバトール・ムンディ」を精密に調査し、ルーブル美術館の判断を信頼し、サウジアラビアは「サルバトール・ムンディ」真正性の議論を恐れ、サウジアラビアとフランスの仲介役を務め、「サルバトール・ムンディ」を公開し、公に討論するべきだと主張します。

カーメン・バンバックは、ニューヨークのメトロポリタン美術館の学芸員で、ルーク・サイソンの依頼を受けて、サルバトール・ムンディを見て、サルバドール・ムンディのほとんどの部分は、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子ジョバンニ・アントニオ・ボルトラッフィオが描いたと主張しました。

ジェリー・サルツは、NYマガジンの美術評論家で、「サルバドール・ムンディ」の購入者が名乗り出ないことを不満に感じています。

ジャン=リュック・マルティネスは、ルーブル美術館の館長です。

エマニュエル・マクロンは、フランスの大統領です。

ヴァンサン・ドリューヴァンは、ルーヴル美術館の学芸員です。

単語説明

サルバトール・ムンディは、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたとされるイエス・キリストの肖像画で、ラテン語で「世界の救世主」という意味です。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、1452年4月15日にヴィンチ村の農民夫婦の非嫡出子として生まれて、1519年5月2日に67歳で亡くなった、有名で、優秀な画家ですが、絵画作品は15点程度、主に軍事技術者として活躍し、死後になって、書き残した膨大な手記が明らかにされると、ルネサンス期を代表する芸術家であり、史上最高の画家で、人類史上で最も多才と評価されるようになりました。
有名な絵画はパリのルーヴル美術館が所蔵する「モナ=リザ」、「岩窟の聖母」、「ミラノの貴婦人の肖像」、「洗礼者ヨハネ」、「聖アンナと聖母子」、ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれた「最後の晩餐」、ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する「岩窟の聖母」です。

ベルナルディーノ・ルイーニは、1480年頃に生まれて、1532年に52歳で亡くなった、優秀な画家で、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子で、レオナルド・ダ・ヴィンチの工房で、絵を描きました。

ボルトラッフィオは、1467年に生まれて、1516年6月15日に49歳で亡くなった、優秀な画家で、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子で、レオナルド・ダ・ヴィンチの工房で、絵を描きました。

ダウ平均は、アメリカのさまざまな業種の代表的な上場企業30社の株価をダウ式平均株価にて算出した数値です。

イエメン紛争は、2015年からイエメンで、サウジアラビアが中心にイスラム教のスンニ派諸国が支援するアブド・ラッボ・マンスール・ハーディー大統領、イランが支援する同じくイスラム教のシーア派が支援するムハンマド・アリ・アル・フーシ大統領、アラビア半島のアルカーイダ傘下のアンサール・アル・シャリーアで行われている進行中の内戦です。

フェイクニュースは、マスメディアやソーシャルメディアを利用して、あえて事実と異なる情報を報道することです。

ドナルド・トランプは、第45代アメリカ合衆国大統領で、2017年1月20日に就任し、2021年1月20日に退任し、フェイクニュースを利用しました。

オークション会社は、会場に売り手から出品する美術品と入札する買い手を集めて、熱狂的な会場内の空気により、競売人が買い手が価格を釣り上げて、最終的に最も高い金額を出した者が落札することをするために、売り手には、個人情報を伏せて、出品する美術品を鑑定することで、鑑定に時間はかかりますが、出品する手間がかからず、買い手には、個人情報を伏せて、美術品を確認でき、専門家の意見が聞けるようにして、電話と会社スタッフを使用して、会場に出向くことなく、匿名で参加できるようにして、買い手の動向も観察できるようにして、相場以上の売却額で売却することで、利益を得ます。

オークションには、売り手と買い手の双方に手数料がかかる、売り手には時間がかかる、売り手とオークション会社には、買い手が会わられず、落札されないというデメリットがあります。

クリスティーズは、1766年12月5日、美術商のジェームズ・クリスティーにより、イギリスのロンドンに設立された世界で最も規模の大きいオークション会社です。

サザビーズは、1744年3月11日、サミュエル・ベイカーがジョン・スタンリー卿の図書館に所蔵されていた本を売却するために、イギリスのロンドンに設立された世界最古のオークション会社です。

ナショナル・ギャラリーは、1824年、イギリスのロンドンにあるトラファルガー広場に設立され、13世紀半ばから1900年までのさまざまな美術品2,300点以上を所蔵している美術館です。

ルーヴル美術館は、1793年、パリのセーヌ川の右岸に設立され、先史時代から1900年までのさまざまな美術品を38万点以上を収蔵し、3万5,000点を公開している、世界最大の美術館です。

美術商は、オークションや美術家から美術品を仕入れ、美術品を顧客に販売する業者です。

美術の専門家は、学芸員、美術史家や研究者です。

学芸員は、美術館に所属し、美術品の研究・調査、収集・展示、保存・管理する人です。

美術史家は、大学の講師や教授として美術史を教え、美術館で作品の展示にも関わり、美術史上の時代、年代の区分や美術様式の特徴、美術家の生涯と作品の分析を行う人です。

研究者は、大学の講師や教授として特定の時代の美術や画家について教え、美術館で作品の展示にも関わり、美術様式の特徴、美術家の生涯と作品の研究を行う人です。

現代美術は、1900年以降から現在までの美術です。

古典美術は、1900年以前の美術です。

ロバート・モラーは、2001年9月4日~2013年9月4日まで、アメリカFBI長官を務め、その後司法省から特別検察官に任命され、サルバトール・ムンディの取引に関して、違法性がないか関心を示したということです。

版画家ホラーは、本名ヴェンツェスラウス・ホラーで、1607年7月23日にプラハで生まれ、1677年3月25日に67歳で亡くなった、イギリスでサルバトール・ムンディをレオナルド・ダ・ヴィンチ作としてスケッチし、銅版画を作り、出版した人です。

オックスフォード大学は、イギリスのオックスフォードに、11世紀の末に設立された世界で三番目に古い総合大学です。

美術研究所は、美術関連の研究機関であり、画家の養成機関です。

自然科学は、自然現象の法則を探求する物理学、化学、生物学、数学、天文学、地球科学などです。

解剖学は、解剖を通して、形態や構造の理解を目指す学問です。

収蔵庫は、貴重かつデリケートな絵画を長期間、最良の状態で保存しておく部屋です。

「ユリイカ」とは「わかった!」という意味のギリシャ語で、数学者アルキメデスの言葉で、風呂に入ったとき水があふれるのを見て、王冠が純金かどうかを確かめる方法を思いついたアルキメデスは、うれしさのあまり「ユリイカ」と叫び、町中を裸で走り回ったそうです。

水晶玉は、二酸化ケイ素が結晶した鉱石を玉に加工したもので、結晶構造のために、向きによっては光の複屈折現象が起きて、細い一本線が二本線に見えます。

地質学は、鉱石や地層を研究する学問です。

オーラは、サルバトール・ムンディが発する独得な雰囲気や、なんとなく感じる力、威圧感です。

NYタイムズは、1851年9月18日に創刊された高級日刊新聞紙で、ベトナム戦争に関する秘密資料ペンタゴン・ペーパーズを掲載し(映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」)、アメリカ合衆国内での発行部数は48万部です。

NYマガジンは、1968年4月8日に創刊された隔週刊誌で、生活、文化、政治、スタイルなどを取り扱い、アメリカ合衆国内での発行部数は40万部です。

作品の帰属は、サルバトール・ムンディには、レオナルド・ダ・ヴィンチの署名はないが、レオナルド・ダ・ヴィンチの作と推定されるということです。

EU離脱は、イギリスは2016年6月23日の国民投票の結果、EUを離脱することを選択し、、2020年1月31日午後11時にEUから離脱しました。

ロシアの新興財閥は、オリガルヒと呼ばれ、ソ連の資本主義化の過程で、国営企業を民営化したことで政治的影響力を有する新興財閥です。

ASモナコは、フランスサッカーのトップリーグであるリーグ・アンに所属し、本拠地はモナコで、ホームスタジアムはスタッド・ルイ・ドゥです。

アーカイヴは、絵画等を保管する倉庫で、フーリーポート(自由港)のことです。

フーリーポート(自由港)は、絵画等を極秘かつ関税も税金を支払うことなく保管し、売買もできる倉庫で、ジュネーブとシンガポールにあります。

シャガールは、1887年7月7日にベラルーシで生まれ、1985年3月28日に98歳で亡くなった、フランスの画家です。

鑑定書は、美術業界や作家の関係者が設立した公的な鑑定機関が発行した、絵画が真作であることを証明する書類で、贋作が多いので、鑑定書無しでは売買出来ない絵画もあります。

ソ連崩壊は、1988年11月16日、エストニアはソ連に対し、国家主権を宣言したのを始めに、次々とソ連に対し、国家主権を宣言し、1991年12月26日、ソ連最高会議が廃止されるまでのことです。

カリウムは、窒素、リン酸と共に肥料の三要素の一つです。

パニックルームは、自宅の中に、強盗から身を守るために、防弾・防爆仕様の部屋で、薄型テレビや高級インテリア、バーが備えられています。

クリムトは、1862年7月14日にオーストリア=ハンガリー帝国で生まれ、1918年2月6日に55歳で亡くなった、オーストリア=ハンガリー帝国の画家です。

ピカソは、1881年10月25日にスペインで生まれ、1973年4月8日に91歳で亡くなったフランスの画家です。

青の時代は、ピカソが1901年から1904年の間に制作した作品の総称です。

バラ色の時代は、ピカソが1905年から1907年の間に制作した作品の総称です。

匿名性は、自分の個人情報を隠して、絵画等の売買が行えるということです。

チェスは、二人で行うボードゲームで、白と黒の6種類16個の駒を使って、敵のキングを追いつめるゲームで、将棋に似ています。
チェス・プレイヤーは、戦略と戦術を駆使して、駆け引きを行い、勝利を目指します。

ポーカーは、トランプを使って行うカードゲームで、5枚の札で役を作って役の強さを競うゲームです。
ポーカー・プレイヤーは、心理戦を駆使して、駆け引きを行い、勝利を目指します。

マーケテイングは、オークションに参加する売り手と買い手にとって価値あるサルバトール・ムンディを、競売するための様々な広告です。

誇大広告は、サルバトール・ムンディが、実際よりも良いように買い手が誤解してしまうような広告です。

映画「ダ・ヴィンチ・コード」は、ダン・ブラウンの小説「ダ・ヴィンチ・コード」を原作にした映画です。
ダン・ブラウンの小説「ダ・ヴィンチ・コード」は、「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている」として、論争を巻き起こし、世界的なベストセラーになりました。

ブレインストーミングは、多くの人がアイデアを出すことによって、連鎖反応や発想の誘発により、よりよいアイデアを生み出す方法です。

CBSは、1941年7月1日に開局された商業放送テレビで、サスペンスドラマ、バラエティショーや報道番組により、アメリカで見られているテレビ局です。

闘鶏は、雄鶏を戦わせて、日本では禁じられていますが、賭け事の対象として行われています。

ジェフ・べゾスは、ヘッジファンドの副社長を辞職し、アマゾンを創業し、2000億ドルを超える世界一の資産家です。

ポスト石油時代は、地球環境を保全し、人類社会を持続的に繁栄させるために、有限の化石資源のみに依存しない時代です。

ビジョン2030は、サウジアラビアがポスト石油時代に対応するために、原油への依存度を減らし、観光、経済、健康、教育、インフラストラクチャ、レクリエーションを開発するためのフレームワークです。

アル・ウラ遺跡は、メディナ地域の砂漠のオアシスで、インドと中東の交易として栄えた歴史的な香料の道にある古代の村です。

アル・ウラ協定は、アル・ウラ遺跡の卓越した自然と歴史の重要な文化景観を保全・振興する長期戦略パートナーシップ協定です。

資金洗浄は、犯罪行為によって得た現金で安く絵画を購入し、高く絵画を売却することで、正当な手段で得た資金と見せかけることです。

X線元素分析法を使用すると、サルバトール・ムンディの下に描かれている下絵を見出すことが出来ます。

最後のセリフ

だが、全ては美術界のことだから

年表

1452年4月15日、レオナルド・ダ・ヴィンチは、フィレンツェの裕福な公証人である父と農夫の娘である母との非嫡出子として生まれました。

1466年、レオナルド・ダ・ヴィンチは、14歳で、フィレンツェで最も優れた工房の一つを主宰していた芸術家ヴェロッキオに弟子入りしました。

1472年、レオナルド・ダ・ヴィンチは、20歳で、聖ルカ組合からマスターの資格を得ました。

1482年、レオナルド・ダ・ヴィンチは、30歳で、フィレンツェの支配者ロレンツォ・デ・メディチの依頼で馬の頭部を意匠とした銀のリラを制作し、平和条約のためにミラノ公国に向かい、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァに使え、ミラノで活動し、ルーブル美術館が所蔵する「岩窟の聖母」やサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の壁画「最後の晩餐」を描き、画家としての名声を得ました。

1499年、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァ率いるミラノ公国はルイ12世が率いるフランスに敗れ、レオナルド・ダ・ヴィンチは弟子や友人と共に、ヴェネツィアへと避難しました。

1500年、レオナルド・ダ・ヴィンチは、故郷フィレンツェに帰還しました。
レオナルド・ダ・ヴィンチは、ナショナル・ギャラリーが所蔵する「聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ」とフランス国王ルイ12世の依頼で「サルバトール・ムンディ」を描きました。

1502年~1508年、レオナルド・ダ・ヴィンチは、ローマ教皇アレクサンデル6世の息子チェーザレ・ボルジアの軍事技術者として、イタリア中をめぐりました。

1508年、レオナルド・ダ・ヴィンチは、故郷フィレンツェに帰還しました。
レオナルド・ダ・ヴィンチは、ナショナル・ギャラリーが所蔵する「岩窟の聖母」を描きました。

1515年1月1日、フランス国王ルイ12世は、52歳で亡くなりました。

1516年、レオナルド・ダ・ヴィンチは、フランス国王フランソワ1世に招かれ、フランソワ1世の居城アンボワーズ城近くのクルーの館が邸宅として与えられ、弟子や友人たちとともに過ごしました。

1519年5月2日、レオナルド・ダ・ヴィンチは、67歳で亡くなりました。
レオナルド・ダ・ヴィンチは亡くなる際に、ルーブル美術館に収蔵されている「モナ・リザ」、「聖アンナと聖母子」と「洗礼者聖ヨハネ」を所有していました。

1625年6月13日、フランスのヘンリエッタ・マリアは、熱心なカトリック信者で、イギリスのチャールス1世と結婚し、「サルバトール・ムンディ」をイギリス王室に持参しました。
ヘンリエッタ・マリアは、グリニッジの宮殿の自室に「サルバトール・ムンディ」を掛けました。

1640年代、イングランドから亡命した有名な版画家ウェンセスラウス・ホラーは、イギリス王室の絵画を模写した素描画に基づいて制作した版画を出版し、レオナルド・ダ・ダビンチによるキリストの絵画として、「サルバトール・ムンディ」が記録されました。

1649年1月30日、イギリスのチャールス1世は処刑され、ヘンリエッタ・マリアはフランスのパリへ亡命しました。

1650年3月23日、法令履行のために目録が作成され、債権者への債務を果たす目的と「英連邦に役立てる」ため国王と王妃の財産を売却することが求められ、「サルバトール・ムンディ」は売却されることになりました。

1651年10月23日、英連邦オークションによって、「サルバトール・ムンディ」と他の複数の絵画はジョン・ストーンに債務の支払いとして、引き渡されました。

1661年4月23日、チャールス2世はイングランド王に即位しました。
チャールス2世は王室の所有物を法令により回収し、ジョン・ストーンは「サルバトール・ムンディ」と他の複数の絵画と共に国王に返還しました。

1666年、チャールズ2世のコレクション目録には、ホワイトホール宮殿の王の私室にあった絵画の中に「サルバトール・ムンディ」があり、品目311「レオナルド・ダ・ビンチ 天体を片手に、掲げている」と記載されました。

1688年、ジェームズ2世は、戦いに負けて、フランスへ亡命します。
ジェームズ2世の愛人ドーチェスター伯爵夫人キャサリン・セドレイが、「サルバトール・ムンディ」を受け取り、娘のキャサリン・ダーンリーに受け継がれました。

1705年、初代バッキンガム=ノーマンビー公ジョン・シェフィールドは、「サルバトール・ムンディ」を持っているキャサリン・ダーンリーと結婚しました。

1763年、初代バッキンガム=ノーマンビー公ジョン・シェフィールドの非嫡出の息子チャールズ・ハーバート・シェフィールド卿は、「サルバトール・ムンディ」をオークションにかけて売却しました。

1900年、フランシス・クックは、「サルバトール・ムンディ」をイギリスの画家、版画家、美術品収集家、美術館の学芸員であるジョン・チャールズ・ロビンソンという貴族から購入しました。

祖父であるフランシス・クックから美術後援者、美術史家であるサー・ハーバート・クックは、「サルバトール・ムンディ」を相続しました。

1913年、美術後援者、美術史家であるサー・ハーバート・クックのコレクションのイタリア絵画のカタログには、タンクレット・バリーニョスが「サルバトール・ムンディ」を「レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子ボルトラッフロの模写」と記載しました。

1958年、ロンドンのクリスティーズによって、「サルバトール・ムンディ」は商人で絵画収集家のサー・ハーバート・クックの個人コレクションとして競売にかけられました。
アメリカのルイジアナ州ニューオーリンズから来た小さな家具店を経営する夫をもつ一般人の女性が、「サルバトール・ムンディ」を45ポンドで購入しました。
「サルバトール・ムンディ」は、アメリカに渡りました。

2005年4月5日、アメリカのルイジアナ州の小さな競売会社セントチャールズ・ギャラリーは、「サルバトール・ムンディ」をカタログに掲載しました。

2005年4月9日、ロバート・サイモン美術商は、アメリカのルイジアナ州の小さな競売会社セントチャールズ・ギャラリーのカタログの中に競売番号664の「サルバトール・ムンディ」を見つけ、友人のアレックス・パリッシュと共に1175ドルで落札しました。

ロバート・サイモン美術商は、ダイアン・モデスティーニに、「サルバトール・ムンディ」を洗浄、修復、修理を依頼し、レオナルド・ダ・ヴィンチ作の「サルバトール・ムンディ」と確信します。

2008年、ロバート・サイモン美術商は、ロンドンのナショナル・ギャラリーのニコラス・ペニー館長に、「サルバトール・ムンディ」について連絡をしました。
ナショナル・ギャラリー学芸員のルーク・サイソンは、ニューヨークで「サルバトール・ムンディ」を見て、ロンドンに運ぶことを決めます。

2011年11月9日~2012年2月5日、ロンドンのロンドンのナショナル・ギャラリーで「レオナルド・ダ・ヴィンチ ミラノ宮廷画家」展が開催され、現存するレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画は15点のうち9点が一堂に展示され、「サルバトール・ムンディ」はレオナルド・ダ・ヴィンチ作として、展示されました。

2017年11月15日、「サルバトール・ムンディ」は、クリスティーズによりオークションされ、4億ドル(手数料込みで4億5000万ドル)で落札されました。

2017年12月6日、NYタイムズは、サウジアラビアのバドル王子が「サルバトール・ムンディ」を購入したと報道しました。

2019年10月24日~2020年2月24日、パリのルーヴル美術館で、レオナルド・ダ・ダヴィンチ没後500年を記念して「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展が開催されましたが、「サルバトール・ムンディ」は展示されませんでした。

2021年4月14日、米紙ウォールストリート・ジャーナルなどは、「サルバトール・ムンディ」が紅海近くの新都市ネオムのヨットハーバーに停泊していたムハマンド・ビン・サルマーンのヨットの中にかかっていたと報道しました。

感想

時間が、解決することになる。

ドラマ性はなく、ドキュメンタリー映画で、俳優ではなく本人が出演しています。
原題は、「The Savior for Sale(販売者のための救世主)」という意味で、2017年11月15日、クリスティーズのオークションで、「サルバトール・ムンディ」を史上最高額の510億円で購入した人という意味です。
日本では注目されませんでしたが、西洋では注目されました。
邦題は、「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」で、意味不明なタイトルです。
原題の方が、映画の内容を表しています。

「サルバトール・ムンディ」について調べてみても、レオナルド・ダ・ヴィンチ作か、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子の作か、はっきりしないところが面白いです。
レオナルド・ダ・ヴィンチ作だと断言する人も、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子の作だと断言する人も、何か思惑がありそうで、信用ならないです。
フランスも、「サルバトール・ムンディ」をレオナルド・ダ・ヴィンチ作とすれば、ルーブル美術館も「モナ=リザ」の価値が落ちることを恐れているはずです。
「私が間違っても誰も死なない、大金を失う人間はいても」という言葉に尽きるように感じました。

サウジアラビアは、イスラム教徒の聖地であるメッカのカーバ神殿、メディナのモスクがあり、多くのイスラム教徒がサウジアラビアを訪れています。
これ以上のイスラム教徒が、サウジアラビアを訪れることはないでしょう。
サウジアラビアは、ポスト石油時代に向けて、「ビジョン2030」に向けて、「サルバトール・ムンディ」で、キリスト教徒の聖地を創造しようという計画のようです。
サウジアラビアにキリスト教徒の聖地を創造しようとする発想と意欲はすごいし、4億ドル(510億円)以上の価値を生み出したらと思うと、ワクワクします。
バチカンは、聖ペトロの墓とされた場所に最初の教会堂が建てたのが始まりで、カトリック教会の中心地になったくらいですから、不可能ではないわけです。
アップルの時価総額が3兆ドルに達したのですから、不可能ではないわけです。
イノベーションを起こす人と、イノベーションを起こせない人では、見えている世界が全く違います。

まとめ

次は、映画「日の名残り」をレビューする予定です。
ご期待ください。
以上、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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