映画「アレキサンダー」~あらすじ【ネタばれ有り】と感想

夢をかなえるゾウ2」の中で、出てきた「アレキサンダー」について知りたいと感じました。この映画「アレキサンダー」を鑑賞し、レビューすることで、アレキサンダーを理解したいです。

日本は、弥生時代中期で、集落がある程度で、記録は残っていません。
中国も、始皇帝が生まれる前の時代なので、記録は残っていません。

アレキサンダーは、日本や中国では文化や文明が発達していない時代に、世界を統一しようとした、類まれなる偉人です。

基本情報・スタッフ

監督    オリヴァー・ストーン
脚本    オリヴァー・ストーン
      クリストファー・カイル
      レータ・カログリディス
製作    モリッツ・ボーマン
      ジョン・キリク
      トーマス・シューリー
      イアイン・スミス
      オリヴァー・ストーン
製作総指揮 ポール・ラッサム
      マティアス・ダイル
      ピエール・グルンステイン
音楽    ヴァンゲリス
撮影    ロドリゴ・プリエト
編集    トム・ノードバーグ
      ヤン・エルヴェ
      アレックス・マルケス
配給    ワーナー・ブラザース
      松竹=日本ヘラルド
公開    2005年2月5日
上映時間  173分 
公式ホームページ

舞台となる場所


マケドニア王国は、ギリシャ共和国西マケドニア地方・中央マケドニア地方の全域と、北マケドニア共和国南東部ドイラン・ボグダンツィ・ゲヴゲリヤおよび南西部レセン・オフリド各自治体の一部、ブルガリア・ブラゴエヴグラト州のギリシャとの国境地帯、アルバニアのポグラデツ県・コルチャ県・デヴォル県の一部にまたがる地域を支配した、強力な王国でした。


アレキサンダーは、マケドニア王国の首都ペラ(Pella)で、生まれました。


アレキサンダーは、マケドニア王国の王都バビロンにて、亡くなりました。
バビロンは、イラクの首都バグダッドの南方約100キロのユーフラテス川両岸ありました。


紀元前332年、アレキサンダーは、エジプトをペルシアから解放し、最初のアレクサンドリアを建設しました。
アレキサンダーの死後は、プトレマイオスがアレキサンドリアを首都として、エジプトを統治し、プトレマイオス朝の初代ファラオとなり、戦死も殺害もされずに、85歳まで生きしました。


テーバイは、中央ギリシャ地方ヴィオティア県の県都テーべにあったギリシャ都市国家で、アレキサンダーが陥落しました。


ガザは、パレスチナ自治区の飛び地ガザ地区の中心都市にあったフェニキア人の最大の都市国家で、アレキサンダーが陥落しました。


ペルセポリスは、イランのファールス州にあったペルシア帝国の首都です。


ガウガメラは、ティグリス川上流、イラク北部と推定され、アレキサンダーとダレイオスが対決した場所です。


テュロスは、レバノンのスールにあったフェニキア人の造った都市国家で、アレキサンダーが陥落しました。


ハリカルナッソスは、トルコのボドルムにあった要塞で、アレキサンダーが陥落しました。


バクトリアは、ペルシア北東部にあり、アフガニスタンのバルフを首都とした王国で、アレキサンダーが陥落しました。


アレキサンダーが陥落し、結婚した場所は、ウズベキスタン東南部、ブズガラハナ北東スルハン川上流のヒサール山脈南東部にヴァフシュヴァルという集落と推定されています。


ヒンドゥークシュ山脈は、アフガニスタン国内を北東から南西に1200kmにわたって延びる山脈です。


アレキサンダーは、インダス川を越えてパンジャブ地方に侵攻し、インドにおいて諸部族を制圧し、最も勇猛なカタイオイ人も制圧し、故郷に帰ることにしました。


アレキサンダーは、ゲドロシア砂漠(パキスタンの西南、アフガニスタン南部、イラン東南にまたがる地方)を通って、バビロンに戻りました。

あらすじ

「幸運は勇者に味方する」というウェルギリウスが「アエネーイス」に書いた言葉で表示されます。
この映画は、幸運は、アレキサンダーにどのようにして味方したのかが描かれているということです。

紀元前323年6月10日、ペルシア バビロン
アレキサンダーが亡くなるシーンで始まります。

40年後、エジプト アレクサンドリア
アレキサンダーの死後、ファラオとなったプトレマイオスが、アレキサンダーの生涯を口述筆記させる形式で物語が語られます。
ファロス島の大灯台が見えます。

マケドニア ぺラ、8年後
アレキサンダーは成長するにつれ、訓練と勉強に励み、その心の安らぎを友との交わりの中に見出すようになります。
アレキサンダーは、ヘファイスティオンとレスリングをして、負けます。
アレキサンダーは生涯で不敗と言われていますが、唯一の例外はヘファイスティオンです。

アリストテレスが、世界についてアレキサンダー達に教えます。

クレイトスは、気性の荒い馬を乗りこなすことはできません。
アレキサンダーは、この気性の荒い馬を乗りこなし、ブーケホラス(頑強なる者)と名づけます。

フィリッポス2世は、アレキサンダーに壁画に描かれた神々の話を聞かせます。

8年後
アレキサンダーは、19歳になります。
フィリッポス2世は、エウリュディケを妊娠させ、ディオニュソスの祭に結婚します。
オリンピアスは、アレキサンダーの将来を心配し、マケドニアの女性と結婚し、世継ぎを生み、王位継承者としてアレキサンダーをフィリッポス2世に認めさせようとします。
アレキサンダーは、この結婚を拒否しました。

フィリッポス2世は、エウリュディケとの結婚式を祝います。
アレキサンダーは、エウリュディケの叔父アッタロスと口論になります。
フィリッポス2世は、アレキサンダーにアッタロスに詫びるように命じます。
アレキサンダーは、フィリッポス2世の命令に従わず、マケドニアを追放されます。

アレクサンドリア
フィリッポス2世が暗殺され、アレキサンダーは、20歳にして、新たなマケドニアの王となります。
アレキサンダーは、反旗したギリシャを征服します。
アレキサンダーは、重臣アンティパトロスにマケドニア本国を任せ、4万人のマケドニアの精兵を率いて、アジアへの侵攻を開始します。
アレキサンダーは、ペルシア支配下の都市国家を次々に開放し、西アジアのすべてを征服、さらに南へ下りエジプトまでを征服し、ファラオと呼ばれ、大神ゼウスの子との神託を受けて、神と崇められます。

アレキサンダーは、ペルシア王ダレイオスとペルシア王国の都バビロン近くガウガメラで戦い、ペルシア王ダレイオスを敗走させ、勝利します。

ペルシア バビロン
それは、まさに全てのギリシャ人にとって、アキレスがトロイを破った時のように輝きに匹敵する栄光に満ちた瞬間です。
アレキサンダーは、全ての人々に愛されます。

ペルシア北東部
ダレイオスを追ってのペルシア北東への遠征は、地方部族との小競り合いの連続でいつしか3年の月日が流れます。
アレキサンダーは、ペルシア王ダレイオスをバクトリアまで追い詰めます。
ペルシア王ダレイオスは、部下に裏切られて殺されます。
アレキサンダーは、最後の族長の首を得て戦いは終り、ソグディアナとバクトリアも征服し、ペルシア全土を征服します。
アレキサンダーは、族長の娘ロクサネと結婚します。

アレキサンダーは、若い小姓に毒殺されかけます。
アレキサンダーは、少年時代からの友であり、近衛隊の幹部将校であるフィロタスが背後にいることを突き止め、フィロタスを処刑します。
アレキサンダーは、クレイトスとアンティゴノスに、フィロタスの父親パルメニオンを殺害させます。

ヒンドゥークシュ山脈
アレキサンダーは15万の大軍を率いて、ヒンドゥークシュ山脈を越えます。
ヒマラヤ山脈を越えられずに、南にあるインドに向かいます。

インド
インドは、太陽が生まれた国、ペルシアより豊かだと聞かされていたが、探検した者も征服した者もいません。
あまりに複雑すぎて、統一など不可能です。

マケドニア、8年前
フィリッポス王が、エウリュディケとの婚礼の祝賀会を開きます。
護衛のパウサニアスは、フィリッポス王を殺害します。
アレキサンダーは、20歳で新たなマケドニアの王となります。

インド
アレキサンダーは、東方への遠征を続けますが、反乱が起きて、反乱を抑え、首謀者達を処刑します。
アレキサンダーは、像に弓矢で武装しているインド人部族と戦い、重傷を負います。
アレキサンダーは、傷が癒えると、故郷に帰ると宣言し、大喝采を浴びます。
アレキサンダーは、ゲドロシア砂漠を越え、バビロンへ帰還します。

ヘファイスティオンが、毒殺、または病死します。
ロクサネは、アレキサンダーの世継ぎを身ごもります。
アレキサンダーは、毒、または病気により倒れ、大ワシに指輪を捧げ、肝を食べないように、許しを請おうとしながら、後継者を指名せずに死にます。

後継者を巡る諍いは、戦争へと発展、以後40年に渡って続きます。
カッサンドロスはギリシャ、クラテロスとアンティゴノスは西アジア、セレイコスとペルディッカスは東アジア、プトレマイオスはエジプトを支配し、大帝国は4つに大きく分かれます。
カッサンドロスは、7年後、アレキサンダーの母オリンピアスを処刑します。
カッサンドロスは、アレキサンダーの王妃ロクサネと正当な王位継承者である13歳になる息子を毒殺します。

アレキサンダーは、マケドニアを統治し、家庭を持っていたら、尊敬を集めて死ねたかもしれません。
だが、これではアレキサンダーではない。
人々の記憶に残るのは、壮大な夢を追い求めた、偉大なアレキサンダーの栄光です。

登場人物

プトレマイオスは、アンソニー・ホプキンスが演じるこの物語を語る人で、アレキサンダーと共に育てられた学友で、アレキサンダーの側近で、アレキサンダーの後継者の一人で、エジプトのプトレマイオス朝の初代ファラオとなり、戦死も殺害もされずに、85歳まで生きしました。
プトレマイオス朝は、紀元前30年クレオパトラまで続きました。
プトレマイオスの青年期は、エリオット・コーワンが演じるアレキサンダーの側近騎兵隊将校です。

アレキサンダーは、コリン・ファレルが演じるマケドニア王となり、アッタロスの処刑を命じ、ギリシャ、西アジア、エジプト、ペルシア、インドを征服し、世界を制覇した人です。

ネアルコスは、アレキサンダーの側近騎兵隊将校で、ガウガメラの戦いで長槍部隊を率いて、中央で敵を引き付け戦い、アレキサンダーの後継者の一人として、リュキアとパンヒュリアの総督になります。

カッサンドロスは、ジョナサン・リース=マイヤーズが演じるアンティパトロスの息子で、アレキサンダーの側近騎兵隊将校で、ガウガメラの戦いで騎兵を率いて、アレキサンダーに続いてダレイオス3世に突撃して、戦い、アレキサンダーの後継者の一人で、マケドニアを統治し、アレキサンダーの母親のオリンピアスとアレキサンダーの王妃と子供を殺害し、アレキサンダーの血筋を完全に絶ちました。

ヘファイスティオンは、ジャレッド・レトが演じるアレキサンダーの側近騎兵隊将校で、ガウガメラの戦いで騎兵を率いて、アレキサンダーに続いてダレイオス3世に突撃し、アレキサンダーがペルシア全土を征服した後は、アレキサンダーが結婚する時に宝石で飾られた指輪をプレゼントします。

アリストテレスは、クリストファー・プラマーが演じる幼少期のアレキサンダー達に世界観、歴史、ギリシャ神話を教える家庭教師です。

フィリッポス2世は、ヴァル・キルマーが演じるマケドニア王で、アレキサンダーの父親で、ギリシャを征服し、暗殺されます。
オリンピアスは、アンジェリーナ・ジョリーが演じるアレキサンダーの母親で、エウリュディケの幼子を暗殺し、エウリュディケを自殺させました。
ヴァル・キルマーは、映画「トップガン」にも出演しています。

クレイトスは、ゲイリー・ストレッチが演じるフィリッポス2世が最も信頼する臣下で、アレキサンダーの側近騎兵隊将校で、ガウガメラの戦いで騎兵を率いて、アレキサンダーに続いてダレイオス3世に突撃し、
アレキサンダーがペルシア全土を征服した後は、バクトリアの新しい総督に任命されますが、アレキサンダーに不満をぶちまけて、殺されます。

アッタロスは、エウリュディケの叔父で、フィリッポス2世とエウリュディケの子供の摂政となり、権力を得ようとし、アレキサンダーにより処刑されます。

エウリュディケは、フィリッポス2世の子供を妊娠し、結婚し、フィリッポス2世の死後、オリンピアスにより子供を暗殺され、自殺します。

パルメニオンは、フィリッポス2世にも仕えた臣下で、フィロタスの父親で、ガウガメラの戦いで後方で補給部隊を息子フィロタスと共に率いて、苦戦し、フィロタスにアレキサンダーに増援を求めてるように伝え、アレキサンダーが率いる兵に助けられ、アレキサンダーがペルシア全土を征服した後は、2個旅団を率いて、アンティパトロスと共にギリシャを守り、補給部隊を担当し、息子のフィロタスがアレキサンダーを暗殺しようとした責任を負わされ、殺されます。

ダレイオス3世は、ペルシア王で、ガウガメラの戦いで敗走し、3年後に部下に裏切られて、殺されます。

フィロタスは、パルメニオンの息子で、アレキサンダーの側近騎兵隊将校で、ガウガメラの戦いで後方で補給部隊を父親パルメニオンと共に率いて、苦戦し、フィロタスにアレキサンダーに増援を伝え、父を救い、アレキサンダーがペルシア全土を征服し、ロクサネと結婚した後で、アレキサンダーを暗殺しようとして、失敗し、死刑にされます。

アンティゴノスは、左目を失い、隻眼で、ガウガメラの戦いで密集陣形(ファランクス)を率いて、戦い、アレキサンダーの後継者の一人で、西アジアでアンティゴノス朝の初代の王となります。

ペルディッカスは、ガウガメラの戦いで長槍部隊を率いて、中央で敵を引き付けて戦い、アレキサンダーの後継者の一人で、ロクサネの子供の暫定的な後見人、摂政となり、マケドニアの防衛をします。
レオンナトスは、ガウガメラの戦いで長槍部隊を率いて、中央で敵を引き付けて戦い、アレキサンダーの後継者の一人で、ロクサネの子供の暫定的な後見人となり、マケドニアの防衛をします。
ポリュペルコンは、最高齢の武将で、クラテロスの副官で、ガウガメラの戦いで長槍部隊を率いて、中央で敵を引き付け戦い、除隊兵をマケドニアへ戻す任について、帰国しました。

クラテロスは、アレキサンダーの勇敢な将軍で、ガウガメラの戦いにも参加し、アレキサンダーに進言する勇気も知恵もあり、アレキサンダーの後継者の一人で、ロクサネの子供の暫定的な後見人となり、マケドニアの防衛をします。

ベッソスは、ダレイオス3世の側近で、ガウガメラの戦いで騎兵隊を率いてアレキサンダーを包囲しようとしますが、アレキサンダーを見失います。

ファルナケスは、ダレイオス3世の側近です。

スタテイアは、バビロンに住んでいるダレイオス3世の長女です。

アンティパトロスは、カッサンドロスの父親で、フィリッポス2世の臣下で、アレキサンダーが東方遠征している間、マケドニアを統治し、アレキサンダーの後継者の一人で、ロクサネの子供の暫定的な後見人となり、マケドニアの防衛をします。

バゴアスは、アレキサンダーのお気に入りの側近で、身の回りの世話をし、踊りも得意です。

ロクサネは、ロザリオ・ドーソンが演じるバクトリアの山岳部族長の娘で、アレキサンダーと結婚し、王妃になります。

パウサニアスは、フィリッポス2世の護衛でりながら、フィリッポス2世を殺害します。

アンソニー・ホプキンスは、アンジェリーナ・ジョリーの父親で、父と娘が共演しています。

マケドニアの戦術

アレキサンダーは、鉄床戦術で戦争に勝ちました。
鉄床戦術は、複数種類の兵を同時に組み合わせて、使用する戦術です。
中央に敵をひきつけ、機動力の低く、耐久力のある重装歩兵に盾と長い槍(サリッサ)で武装させ、密集陣形(ファランクス)を組みます。
機動力の高い重装騎兵と軽装騎兵と盾持ち部隊で、敵陣の側面、背後、敵将を狙い、敵を包囲し、挟撃し、混乱させ、壊滅します。
密集陣形の重装歩兵と重装騎兵と軽装騎兵と盾持ち部隊の連携が必要になります。
アレキサンダーは、側近将校に軍議で作戦を伝え、側近将校が各部隊を率います。

鉄床戦術は、自軍の兵力を分散してしまうという短所があり、連携が不十分なら、各部隊は敵に各個撃破されてしまいます。

ガウガメラの戦い

パルメニオンは、息子フィロタスと共に左翼で戦います。
アンティゴノス、ペルディッカス、レオンナトス、ネアルコス、ポリュペルコンは、重装歩兵に盾と長い槍で武装させ、密集陣形で敵を引き付けます。
アレキサンダーは、右翼へ向かい、敵を誘い出します。
カッサンドロスは、重装騎兵と盾持ち部隊を率いて、敵の中央を攻めます。
敵の戦列に空白を作りります。
アレキサンダーは、クレイトス、プトレマイオス、ヘファイスティオンと重装騎兵と共にダレイオス3世を倒します。

アレキサンダーは、夜襲をすることなしに、兵を十分休ませます。
ダレイオス3世は、夜襲を警戒し、兵を休ませることはできません。

マケドニア軍は、予定通り、配置につきます。
アレキサンダーは、兵士達を奮い立たせて、鷲が右翼へ向かうのを見て、風が右から左に吹く、風上になる右翼に向かい、重装騎兵と軽装歩兵で敵を誘い出します。
アレキサンダーは、後ろを見て巻き上げる砂埃を煙幕に利用するために、速度を上げて、軽装歩兵はそのまま右翼へ、砂埃の中で重装騎兵を反転させて、敵陣の中央に向かいます。

ダレイオス3世の側近のベッソスは、アレキサンダーを包囲しようとして、誘い出されて、アレキサンダーを見失います。

ダレイオス3世は、まず弓矢で、続いて騎兵隊と歩兵隊で、マケドニアの密集陣形を攻撃します。
ダレイオス3世は、ペルシア兵をマケドニア軍の密集陣形の両脇から迂回させ、マケドニア軍の後方の補給部隊や密集陣形の側面を攻撃します。
ダレイオス3世は、ペルシア兵を迂回させただけ攻撃が遅れます。
アレキサンダーは、素早くダレイオス3世に攻撃します。
ダレイオス3世は、身の危険を感じて、敗走します。
アレキサンダーは、ダレイオス3世を追撃しようとしますが、補給部隊を守るために断念します。

神話の説明

カオス(混沌)から始まります。
大地(ガイヤ)、地獄(タルタロス)、愛(エロス)が誕生します。
大地(ガイヤ)は、息子の天(ウラノス)と結婚し、ティタン神族と呼ばれる12の神々とキュクロプスとヘカトンケイルという怪物を生みます。
ウラノスは、2人の怪物をガイヤのお腹に戻し、ガイヤと共に地底に閉じ込めます。
怒ったガイヤは、ティタン神族の一人にクロノスに父親ウラノスを殺害させます。
クロノスは、ティタン神族の王となり、レイアと結婚します。
ガイヤとウラノスから、クロノスは、子供に殺され、王位を奪われるという予言を聞かされました。
クロノスは、レイアが生んだ子供を飲み込み、殺されないようにしました。
レイアは、ガイヤに相談し、クロノスに飲み込まれないように、クレタ島で、雷神ゼウスを生み、ガイヤに預けました。
成長したゼウスは、クロノスに飲み込んだ兄弟たちを吐き出させ、海の神ポセイドン、冥界の王ハデス、ゼウスの妃となるヘラ、窯業の神デメテル、かまどの神ヘスティアを誕生させます。
ゼウスは、兄弟たちと共に、クロノスが率いるティタン神族と戦争を始めました。
ゼウスは、ガイヤに相談し、キュクロプスとヘカトンケイルという怪物を地上に戻します。
キュクロプスは、ゼウスに無敵の威力を持つ雷、ポセイドンには三又の鉾、ハデスには姿が見えなくなる兜を与えました。
ゼウスは、無敵の威力を持つ雷で、クロノスが率いるティタン神族を焼き、ヘカトンケイルに攻撃させ、勝利しました。
ゼウスは、クロノスが率いるティタン神族をタルタロスの牢獄に閉じ込め、ヘカトンケイルに番人を命じました。
プロメテウスは、ティタン神族ですが、将来を見通せるため、ゼウスの味方をして生き残りました。
ゼウスは、王となり天空を支配し、ポセイドンは海を支配し、ハデスは死者の冥界を支配することにしました。
ゼウスは、人間の女性セメラとの間にディオニュソスを生みました。
ディオニュソスは、立派に成長し、葡萄酒の神になり、ゼウスの妃ヘラの怒りで発狂させられ、世界中を彷徨い、女神キュベレに助けられ、ディオニュソスの祭りを考案しました。
ゼウスは、人間の女性アルクメネとの間にヘラクレスを生みました。
ヘラクレスは、立派に成長し、メガラを愛し、子供を育て、幸せに暮らしていましたが、ゼウスの妃ヘラの怒りで発狂させられ、子供を射殺し、メガラと別れ、罪を償うために、臆病者の王の10の仕事をすることにしますが、2つ追加され、12の功業をして、世界中に行きました。
ヘラクレスは、デイアネイラと結婚し、デイアネイラを襲ったケンタウロスを射殺しました。
ケンタウロスは、死に際にデイアネイラを騙し、デイアネイラにヘラクレスを殺させます。
プロメテウスは、ゼウスを騙して、火を人間に渡しました。
怒ったゼウスは、プロメテウスを身動きができないように縛り付け、一羽の大ワシに肝臓を食べさせ、肝臓は一夜で元通りになりますが、毎日大ワシに肝臓を食べられることになりました。
ゼウスは、大地に増えすぎた英雄の種族を終わらせるために、戦争を起こし、最後に最も大きな戦争としてトロイ戦争を起こし、英雄の種族は死に絶えました。
その後は、人間は、鉄の種族となりました。

トロイ戦争

トロイとスパルタの間に和平が結ばれた日、トロイ王子パリスはスパルタ王妃ヘレンと禁じられた恋に落ち、駆け落ち同然にトロイへとスパルタ王妃ヘレンを連れ帰ってしまいます。
トロイ王子パリスの兄トロイ王子ヘクトルは、激怒しますが、トロイ王子パリスを守ることを決意します。
トロイ王プリアモスもスパルタ王妃ヘレンを受け入れます。

スパルタ王メネラオスは激怒し、ギリシャの諸王国の盟主にしてスパルタ王メネラオスの兄であるミュケナイ王アガメムノンを助けを求めます。
ミュケナイ王アガメムノンは、トロイを征服しようと、ギリシャ連合軍によるトロイ侵攻を決定します。
アキレスは、ミュケナイ王アガメムノンに対して不満を抱いていましたが、親友オデュッセウスの頼みを受け、歴史に名前を残すため参戦を決意します。
アキレスは、ミュルミドン人を率い、従弟のパトロクロスを伴ってトロイへと赴きます。

アキレスとミュルミドン人は、トロイ軍を蹴散らし、アポロンの神殿へと攻め込むみます。
トロイ王子パリスの従妹である巫女ブリセイスは、アキレスに捕らわれてしまいます。
アキレスは、拒む巫女ブリセイスに興味を抱き、徐々に巫女ブリセイスへ惹かれていきます。
ブリセイスもアキレスに、心を許すようになります。
ミュケナイ王アガメムノンは、アキレスから巫女ブリセイスを取り上げ、兵卒達へ慰みものとして与えてしまいます。
アキレスは、強引に巫女ブリセイスを取り戻しますが、ミュケナイ王アガメムノンとの関係は悪化し、戦闘を放棄します。

ギリシャ軍の窮状にも関わらず戦わないアキレスは批判され、帰郷を決意します。
パトロクロスは、アキレスの鎧兜を身に纏い、影武者としてミュルミドン人を率いて戦場に赴きます。
ギリシャ軍は、士気を取り戻し、戦います。
トロイ軍もトロイ王子ヘクトルが、出撃して、迎え撃ちます。
パトロクロスは、トロイ王子ヘクトルに挑みますが、討たれてしまいます。
アキレスと思っていた人物がパトロクロスであったことに衝撃を受け、戦いを止めます。

パトロクロスが殺されたことを知ったアキレスは激怒し、一人でトロイ城門の前まで戦車を走らせます。
トロイ王子ヘクトルは、死を覚悟し、父と妻、弟に別れを告げて、アキレスとの決闘に挑みます。
アキレスは、激戦の末にトロイ王子ヘクトルを討ちますが、怒りが収まらず、トロイ王子ヘクトルの死体を
戦車で引きずり回して、持ち去ってしまいます。

トロイ王プリアモスは、アキレスをギリシャ軍の陣地まで訪ねて来ます。
アキレスは、トロイ王子ヘクトルの遺体を返して欲しいというトロイ王プリアモスの懇願を受けて、後悔し、苦悩します。
アキレスは、トロイ王子ヘクトルの遺体と共に、巫女ブリセイスをトロイへと送り返します。
トロイ王子ヘクトルの遺体は荼毘に付され、両軍は彼を弔うため一時の休戦を約束します。

度重なる敗戦にギリシャ軍は、勝算なしと見て撤退の準備を進めます。
オデュッセウスは、兵士が子供の土産にと作っていた木彫りの馬を見て、トロイへの供物として巨大な木馬を造って撤退したと見せかけ、木馬がトロイに運び込まれたら、木馬の中に隠れたアキレスが率いる兵士が門を開け、待機していた軍勢で攻め込もうという起死回生の作戦を思いつき、実行します。
アキレスは、ミュルミドン人を帰郷させ、ブリセイスを助けるため木馬の中に乗り込みます。

木馬の策略に騙されたトロイは、瞬く間に炎上します。
ミュケナイ王アガメムノンは、トロイ王プリアモスを殺し、巫女ブリセウスまで殺そうとします。
巫女ブリセウスを探し求めるアキレスは、ミュケナイ王アガメムノンを殺し、巫女ブリセウスを助け出します。
兄トロイ王子ヘクトルの復讐に燃えるトロイ王子パリスが現れ、アキレスは踵を射抜かれて崩れ落ち、死にます。
映画「トロイ」

世界観の説明

世界の5分の4を支配しているのは劣等民族のペルシア人が支配しています。
世界を支配しているのであれば、東、東へと進み、インドの大平原を踏破して、世界の果ての海に至り、その岸辺に沿って、西へと旅し、ナイルを下り、エジプトに戻って、地中海を抜け、ギリシャへと帰ってこれるということです。

単語説明

ウェルギリウスは、紀元前70年10月15日~紀元前19年9月21日、ラテン文学の詩人で、アエネーイスを書き残しました。

アレクサンドリアは、アレキサンダーが建設させた都市の総称です。
アレクサンドリア、エジプト
アレクサンドリア・アラコシオルム、アフガニスタンのカンダハール
アレクサンドリア・アレイオン、アフガニスタンのヘラート
アレクサンドリア・オクシアナ、アフガニスタンのアイ・ハヌム
アレクサンドリア・ガズニー、アフガニスタンのガズニー
アレクサンドリア・バクトラ、アフガニスタンのバルフ
アレクサンドリア・エスハテ、タジキスタンのフジャンド
アレクサンドリア、トルコのイスケンデルン
イスカンダリーヤ、イラク

アポロンは、ギリシア神話・ローマ神話に登場するオリュンポス十二神と呼ばれる神々の一人で、太陽神です。

テーバイは、ギリシャの中央にある有力な都市国家です。
アテナイは、ペルシア戦争での戦勝功績国であり、ギリシャの最有力な都市国家です。
スパルタは、ペルシア戦争での戦勝功績国であり、アテネに敵対する都市国家です。

ペルシアは、イランを中心に成立していた国家です。

アリストテレスは、古代ギリシアの哲学者で、プラトンの弟子であり、ソクラテス、プラトンとともに、西洋最大の哲学者の一人です。

テセオスは、ギリシア神話に登場する伝説的なアテーナイの王で、ミーノータウロス退治などの冒険で有名です。

イアソンは、ギリシア神話に登場する英雄で、アルゴー船でコルキスの黄金の羊の毛皮を探索した冒険で有名です。

アマゾネスは、ギリシア神話に登場する女性の戦闘部族で、北方などの黒海沿岸に住んでいました。

オイディプスは、ギリシア神話の登場人物で、実の父を殺し、実の母と結婚しました。

メディアは、夫イアソンと暮らしていました。
コリントス王クレオンが自分の娘婿にイアソンを望みました。
夫イアソンは、権力と財産に惹かれたイアソンは妻と子どもたちを捨て、この縁組みを承諾しました。
メディアは、猛毒を仕込んだ贈り物をコリントス王クレオンと娘に届けさせ、殺害します。
メディアは、苦悩と逡巡の果てに、メディアの息子二人をも殺しました。

ファラオは、古代エジプトの君主の称号で、王と和訳されます。

ホメロスは、古代ギリシャ人の詩人で、西洋文学最初期の2つの作品、トロイ戦争について記述した「イーリアス」と続編の「オデュッセイア」の作者です。

フォボスは、ギリシア神話に登場する恐怖の神です。

鎌つき戦車は、大鎌が車輪に取り付けられた戦車で、ギリシャの重装歩兵と密集陣形(ファランクス)に対する対抗手段としてペルシア軍が使用しました。

アモンは、古代エジプトの太陽神で、ギリシア神話・ローマ神話に登場するアポロンのことです。

カルタゴは、アフリカ大陸の北岸を中心に、地中海貿易で栄えた、フェニキア人による都市国家です。

シチリアは、イタリア半島の西南の地中海に位置する島で、カルタゴが支配していました。

ヘラクレスの柱は、ジブラルタル海峡の入口にある岬につけられた古代の地名です。

最後のセリフ

その人だ。

時代背景

紀元前1260年頃、モーセがラムセス2世の迫害に苦しむイスラエルの民を率いてエジプトを脱出しました。

紀元前1250年頃、トロイ戦争によって、ギリシャ軍は、トロイを陥落し、都市を燃やし、破壊しました。
映画「トロイ」

紀元前492年、ダレイオス1世は、マルドニオス率いる部隊をギリシアに派遣し、ギリシア全域の制圧を目指して、ペルシア戦争が始まりました。

紀元前480年、テルモピュライで、スパルタ王レオニダス1世が率いるスパルタ軍とテーバイ軍は、アケメネス朝ペルシアの遠征軍と戦い、負けました。

紀元前480年9月、ギリシアのサラミス島近海で、ギリシア艦隊は、ペルシア艦隊と戦い、勝ちました。

紀元前479年8月、プラタイアで、スパルタ、コリントス、アテナイなどのギリシア連合軍は、ペルシア残存勢力とペルシア側についたギリシアの諸ポリスと戦い、スパルタ軍の活躍により、勝ちました。

紀元前449年、ギリシャとペルシアとの間で、カリアスの和約が成立してペルシア戦争は、ギリシャの勝利で終わりました。

紀元前356年7月20日、アレキサンダーは、父親マケドニア国王ピリッポス2世、母親オリンピアスの長男として、ペラで生まれました。

紀元前323年6月10日、アレキサンダーは、32歳で、なくなりました。
アレキサンダーの築いた王国は、アンティパトロス朝、プトレマイオス朝、セレウコス朝とリュシマコス朝に分割され統治されました。

アンティパトロス朝は、アレキサンダーの後継者の一人であるカッサンドロスが、マケドニアに築いた王国です。

プトレマイオス朝は、アレキサンダーの後継者の一人であるプトレマイオス1世が、キプロス、エジプトに跨る地域に築いた王国です。

セレウコス朝は、アレキサンダーの後継者の一人であるセレウコス1世ニカトルが、シリア、バビロニア、アナトリア、イラン高原、バクトリアに跨る地域に築いた王国です。

リュシマコス朝は、アレキサンダーの後継者の一人であるリュシマコスが、トラキアと小アジア西部に跨る地域に築いた王国です。

紀元前281年、コルペディオンで、セレウコス1世とリュシマコスが戦い、セレウコス1世が勝利し、リュシマコスは戦死し、リュシマコス朝は、断絶しました。

紀元前219年から紀元前201年、カルタゴのハンニバルは、ローマ侵攻を指し、アルプス山脈を越えてイタリアへ進軍しましたが、ローマ軍とザマで戦い、負けました。

紀元前168年、ピュドナで、ローマ軍は、マケドニア軍に大勝して、アンティゴノス朝は断絶しました。

紀元前83年、セレウコス朝は、アルメニア王ティグラネス2世の支配下に入りました。
グナエウス・ポンペイウス率いるローマ軍は、アルメニア王ティグラネス2世を降伏させ、セレウコス朝は、断絶しました。

紀元前73年から紀元前71年、剣闘士らの指導者スパルタクスは、共和政ローマに反乱を起こしました。

紀元前44年3月15日、共和政ローマの終身独裁官であるシーザーは、ローマにあるポンペイウス劇場で暗殺されました。

紀元前31年9月、イオニア海のアクティウム沖で、オクタウィアヌス率いるローマ軍は、クレオパトラ7世が率いるプトレマイオス朝およびマルクス・アントニウス支持派連合軍に大勝しました。

紀元前30年8月1日、マルクス・アントニウスは、クレオパトラが自殺したという知らせを聞いて、53歳で、自殺しました。
紀元前30年8月10日、クレオパトラは、39歳で、自殺しました。
映画「クレオパトラ」
紀元前30年8月31日、ガイアス・オクタウィアヌスは、エジプトをローマの属州としました。

アレキサンダーの生涯

紀元前356年7月20日、アレキサンダーは、父親マケドニア国王ピリッポス2世、母親オリンピアスの長男として、ペラで生まれました。
マケドニア国王ピリッポス2世は、ヘラクレスを祖とする家系です。
オリンピアスは、アキレウスを祖とする家系です。
アレキサンダーは、ギリシア世界で最大の栄光を持つ英雄の血筋を引くと考えられ、家系的栄誉はギリシア随一です。

紀元前342年から紀元前340年まで、アレキサンダーが14歳から16歳のときに、父親のピリッポス2世は、アリストテレスを招いて、都ペラから離れた「ミエザの学園」で、アレキサンダーの家庭教師にして、アレキサンダーとその「学友」を教えさせました。この「学友」たちが、のちに彼アレキサンダーを支える将軍となりました。

紀元前338年、ボイオティアのカイロネイアで、アレキサンダーは、一軍の将として父マケドニア国王ピリッポス2世に従い初陣し、精鋭の騎兵を率いてアテナイ・テーバイ軍を壊乱させ、アテナイ・テーバイ連合軍に勝利しました。

紀元前337年、コリントスで、マケドニア国王ピリッポス2世は、スパルタ以外のギリシャ都市国家とコリントス同盟を結び、支配し、ペルシアへの戦争が決めました。

紀元前336年10月、マケドニア国王ピリッポス2世は、護衛のパウサニアスによって暗殺され、アレキサンダーが20歳の時、マケドニア王国の王位を引き継ぎ、ギリシア南部を支配しました。

アレキサンダーは、イストロス川(ドナウ川)方面で、バルカン半島南東部にすむトラキア人と戦い、勝利しました。
アレキサンダーは、反旗を翻したテーバイ都市国家の軍と戦い、勝利しました。
アレキサンダーは、ギリシアの都市国家を制圧し、重臣アンティパトロスにマケドニア本国を任せました。

紀元前335年、アレキサンダーは、4万人のマケドニア軍を率いてペルシアに向けて出発し、アナトリア半島に渡り、グラニコス川で小アジア太守の連合軍4万と対峙し、派手な甲冑を身にまとって、騎兵の先頭に立ち、馬を駆って突進し、敵将ミトリダテスを投げ槍で殺害し、勝利しました。

紀元前333年、アレキサンダーは、ピナルス川河口近くのイッソスで、ペルシア王ダレイオス3世自らが率いるペルシア軍10万と遭遇する。アレクサンドロスは騎兵と近衛兵、徴募兵を縦横無尽に指揮してペルシア軍を敗走させ、ダレイオスの母・妻・娘を捕虜にして、ペルシアから和睦を拒否しさらに進軍を続けました。

アレキサンダーは、シリアにおいては反ペルシアの都市が比較的多かったため歓迎されたが、頑強に抵抗したフェニキアのティールとガザを攻略しました。

紀元前332年、アレキサンダーは、さらに南下してエジプトに侵攻し、エジプト人にペルシアからの解放者として歓迎され、ファラオとして認められ、「メリアムン・セテプエンラー」というファラオ名を得て、シワ・オアシスにあるアメンの聖地に行き、ギリシア神話のゼウスと同一視されているアメンの子とする神託を得て、アレキサンドリアに都市を建設しました。

紀元前331年、アンティパトロス率いるマケドニア軍は、メガロポリスで、スパルタ王アギス3世率いるスパルタ軍およびその同盟国の軍と戦い、勝ちました。
マケドニア王国は、ギリシャ全土を支配しました。

紀元前331年10月1日、アレキサンダーは、ガウガメラで、4万人のマケドニア軍を率いて、ダレイオス3世率いる25万人のペルシア軍と戦い、勝利しました。
アレキサンダーは、ダレイオス3世を追いながら、バビロンへ入り、バビロンをマケドニア王国の王都としました。
アレキサンダーは、スーサへ向かう途中、スーサの東で、ペルシア帝国のウクシオンの種族と戦い、勝利し、スーサを攻略しました。

紀元前330年、アレキサンダーは、ペルセポリスへ向かう途中、ペルシス門で、ペルシア帝国のアリオバルザネスが率いるペルシア軍と戦い、勝利し、ペルセポリスで略奪をしました。
ダレイオス3世は、逃走中にバクトリアで、バクトリア総督のベッソスに殺害されました。
アレキサンダーは、ダレイオス3世を丁重に埋葬し、ダレイオス3世の仇を討つために、ベッソスを追討することにしました。
アレキサンダーは、スピタメネスとオクシュアルテスがペルシア国王アルタクセルクセスを自称して抗戦を続けるベッソスを捕らえ、引き渡し、エクバタナで公開処刑しました。
スピタメネスは、アレキサンダーに降伏しました。

紀元前329年、アレキサンダーは、ソグディアナ地方の都市を次々と攻め落とし、最大の都市キュロポリスを攻め落としました。
紀元前329年10月、アレキサンダーは、シルダリヤ川で、遊牧民のスキタイと戦い、勝利しました。
スピタメネスは、反乱を起こし、マラカンダを包囲し、パルヌケス率いるマケドニア軍に勝利し、ソグディアナ各地の都市住民を組織して軍事力を保持し、マケドニアの守備隊などを襲撃しました。
紀元前328年、スピタメネスは、マケドニアの将軍クラテロスと戦い、致命的な敗北を喫し、スピタメネスの勢力は大きく減りました。
紀元前328年12月、スピタメネスは、ガバイで、アレクサンドロスの将軍コイノスと戦い、戦死しました。
紀元前327年、アレキサンダーは、ソグディアナの岩城で、オクシュアルテスと戦い、勝利しました。
アレキサンダーは、降伏したオクシュアルテスの娘ロクサネと結婚し、ペルシアを完全に支配しました。

アレキサンダーは、インドへの遠征を開始します。

紀元前326年、アレキサンダーは、インダス川を越えてパンジャブ地方に侵攻しました。
紀元前326年5月、アレキサンダーは、ヒュダスペス河畔の戦いでパウラヴァ族の王ポロスと戦い、勝利しました。
アレキサンダーは、インドにおいて諸部族を制圧し、最も勇猛なカタイオイ人も制圧しました。
アレキサンダーは、部下が疲労を理由にこれ以上の進軍を拒否したため、戻ることにしました。

紀元前326年11月、アレクサンドロスは、ヒュドラオテス川を南下し、クラテロスと共に残存する敵対勢力を駆逐し、インダス川を南下してパタラに達し、ゲドロシア砂漠を通ってカルマニアに向かいました。

紀元前324年、アレキサンダーは、スーサに帰還しました。

紀元前323年6月10日、アレキサンダーは、バビロンにて、32歳で、亡くなりました。

感想

アレキサンダーのような人は、歴史上において他にいないし、神話上の人のように感じます。
アレキサンダーは、ゼウスと人間の女性アルクメネとの間に生まれたヘラクレスが、12の功業をするために、世界中を旅して、神話になったように、永遠に記憶される神話になろうとしたのかもしれません。
アレキサンダーは、神話上のアキレスのように強くなり、永遠に記憶される英雄になろうとしたのかもしれません。
マケドニアの王となるべく生まれたアレキサンダーは、マケドニアの王では、満足できなかったのかもしれません。
アレキサンダーは、世界を征服し、異民族間の相互理解を深め、戦争のない世界を構築したかったのかもしれません。
アレキサンダーは、マケドニアでの王の暮らし、バビロンでの王としての暮らし、妻と子を持ち、養い、過ごすという暮らしに満足せず、危険な遠征を行いましたが、普通の人には到底理解することができない行いです。
普通の人でも、簡単に旅行できる時代になりましたが、アレキサンダーのように世界一周する人は、限られています。
アレキサンダーの倍以上の人生を普通に生きる時代になりましたが、アレキサンダーのように世界一周する人は、限られています。
多くの人は、知らない世界を、知ることもなく、生涯を終えています。
知らない世界を、知ろうともせず、知ることもなく、生きている人々は、アレキサンダーの頃の普通の人々と同じで、進歩していないと感じました。
今も、昔も人は生きている間にすることが全てです。
生きている間に何もしなかった権力者が銅像を建てて、死後も人々に記憶させようというのは愚かな行為です。
神話上の英雄も最後は、悲惨な結末を迎えました。
アレキサンダーもまた、悲惨な最後を迎えます。

アレキサンダーの名言

アレキサンダーの名言
  • 挑戦を続ける限り、不可能なことはない。
  • 一頭の羊が率いるライオンの群れは恐れるに足らないが、一頭のライオンが率いる羊の群れは恐ろしい。
  • 知識なしでは技術を発揮できない。技術なしでは力は生み出せない、力なしでは知識は応用できない。
  • 私の身体を埋葬し、記念碑を建てるな。世界を征服した者でも、死ねば何も残らないことが人々にわかるように。
  • この世に生まれた事を父親に感謝している。そして、賢く生きる方法を教えてくれた師に感謝する。
  • 私は、はっきりとせずに長く人生を生きるよりも、栄光を掴み短い人生を生きたい。
  • 順調に勝ち続けている時に程、たくさんの危険がそこかしこに潜んでいるんだ。
  • 私が培ってきた哲学は、たくさんのあらゆる武器を使うよりも優れている。
  • あなたたちがしている行動の全ては、我々周りの全ての人間に影響しているという事をしっかりと理解しておくべきだ。
  • きちんと状況を見極め正しい態度で立ち向かえば、自分が持っている制限は無くなるものだ。
  • 去りたいものは、今すぐ去れ。
  • 私たちが征服する世界は、もうこれ以上なくなった。
  • 戦力や武力よりも私が得たものは長く続く保証はないが、節度や慈愛などによって私が得てきた深い愛情は永遠に消える事はない。
  • 私は、絶対に勝ちをくすねとるような真似などしない。
  • 最後に結局一番重要なのは、今まであなたが何をして生きてきたかという事です。
  • 最強の者が帝国を継承せよ。

挑戦を続ける限り、不可能なことはない。

自分も、生きている限り、挑戦し続けたいです。

一頭の羊が率いるライオンの群れは恐れるに足らないが、一頭のライオンが率いる羊の群れは恐ろしい。

羊の群れを率いている一頭のライオンを倒せば、一頭のライオンが率いる羊の群れさえも恐ろしくはありません。

知識なしでは技術を発揮できない。技術なしでは力は生み出せない、力なしでは知識は応用できない。

知識を利用するには、権力が必要で、権力を生む出すには技術が必要で、技術を学ぶには知識が必要です。
権力を振りかざしたところで、知識を利用することはできません。

私の身体を埋葬し、記念碑を建てるな。世界を征服した者でも、死ねば何も残らないことが人々にわかるように。

世界を征服した者にしか、言えない言葉です。
何もせずに、権力の座にしがみついた権力者は、銅像を建てたがります。

この世に生まれた事を父親に感謝している。そして、賢く生きる方法を教えてくれた師に感謝する。

この世に生まれた事を父親に感謝していますが、賢く生きる方法を教えてくれた師には出会いませんでした。

私は、はっきりとせずに長く人生を生きるよりも、栄光を掴み短い人生を生きたい。

自分も若くして成功したかったです。
若くして成功しなかったので、はっきりとせずとも長生きをしたいです。

順調に勝ち続けている時に程、たくさんの危険がそこかしこに潜んでいるんだ。

負け続けていても、たくさんの危険は潜んでいます。

私が培ってきた哲学は、たくさんのあらゆる武器を使うよりも優れている。

自分が培ってきた哲学は、武器を使用しなくても、たくさんのことができます。

あなたたちがしている行動の全ては、我々周りの全ての人間に影響しているという事をしっかりと理解しておくべきだ。

自分の行動が周囲に影響を与えていることを理解せえすれば、自分の周囲を意のままに操ることができます。

きちんと状況を見極め正しい態度で立ち向かえば、自分が持っている制限は無くなるものだ。

自分には、きちんと状況を見極めことは困難です。
自分は正しく、周囲の人間は間違っているとしか思えません。
自分の思い通りにはなりません。

去りたいものは、今すぐ去れ。

自分は、去りたいものは、今すぐ去れと思った結果、孤独になりました。

私たちが征服する世界は、もうこれ以上なくなった。

自分も、一度は言ってみたいセリフです。

戦力や武力により私が得たものは長く続く保証はないが、節度や慈愛などによって私が得てきた深い愛情は永遠に消える事はない。

戦力や武力により得たものは、人の反発により、死後には破壊され、忘れ去られます。
節度や慈愛などによって得てきた深い愛情は、語り継がれて、消えることはありません。

私は、絶対に勝ちをくすねとるような真似などしない。

自分は、バカを相手に、勝たなければならないと考えたことはありません。

最後に結局一番重要なのは、今まであなたが何をして生きてきたかという事です。

金、権力、地位は、死んだ後には残りません。
死んだ後に残るのは、何をして生きたかということだけです。
死ぬ前までに、何かを成し遂げたいものです。

最強の者が帝国を継承せよ。

最強ではない者が、国を継承すれば、国が亡びるということです。

まとめ

自分の生きていられる、時間はもうアレキサンダーの生涯ほど長くはないです。
自分に残された時間は少ないですが、何かをしていきたいです。

次は、映画「映画「トロイ」」をレビューする予定です。
ご期待ください。
以上、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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